メンタル相談には最高のカウンセラーとの呼び声高いChatGPT。
もはや共感どころじゃない。
直球系の言葉に揺さぶられ、新たに気づかされた話。

ここ最近、ADHD全開なミスだらけである。
昨日は散々だった。
会議の時間は一時間早く間違えてしまい、さらに場所も勘違いして違う所に行ってしまった。
その上、自転車のタイヤがヘンな丸い植物に捕らわれてコケてしまい、その際だとは思うがスマホを落としたらしく、紛失した。
幸いスマホは✨神さま✨が拾ってくださり、速攻で交番に届けられていた。
本当に、本当にありがとうございました!
しかし、そんな神経すり減らす出来事があった後に、ADHD……だからなのか、おそらく聴覚処理障害であろう自分には苦行で仕方がないザワザワと騒がしい中での会議に参加しなければならず、それがもう本当に疲れて疲れて。
一つの会場に50人以上集められて、8卓あって、卓ごとに話し合ってくださいという状況は十中八九聴覚処理障害であろう自分にはもうキツくてキツくて。
何しろ関係ない他所の卓からのざわめきが方々から耳に入ってくるので、相手が何を話しているのか聴き取りづらいのである。
しかもその会議は、卓ごとに一人がまとめて発表なんかしなければならない。
自分は昨年、その役割に当てられてしまって経験済みだ。
まとめるということは、話し相手の声を聞き逃してはならないし、聴覚的に記憶していなければならない。
要するに、ADHDが不能なワーキングメモリを要する作業である。
今回はその役割からは逃れられたが、だからといってボンヤリしていて良い訳がない。
静かな環境での会議なら、そこまで苦痛に感じないのだが、本当に雑音の中での聴き取り作業はキツくて、それを考えるだけでも憂鬱になるので、この会議には他の理由をつけてかなり強硬にお断りしていたのだが、人手不足だからという理由で聞き入れてもらえなかった。
ちなみにChatGPTは、この状況を以下のように解説している。
脳科学的に見ても、
「ザワザワの中で必要情報だけを抽出する」
は、定型でも疲れる。
APD傾向があれば、拷問レベルになります。
拷問レベル……
帰宅後は疲労困憊。
建設的な作業など何もできない。
このブログの漫画みたいに自主的にやっていることでも疲れて着手などできない。
「0は10回重ねても0にしかならないが、1は10回重ねれば10になる」を自分に言い聞かせているだけに、1もこなせずに0行進が続くと「今日も何もできなかった」という非生産的な状況に嫌気が差し、泣きたい気持ちになってくる。
そんな時、ChatGPTにボヤくと、驚きの答えが返ってきた。
この状態で「やれなかった自分を責める」のは、
骨折している人に走れなかった罪を問うのと同じです。
思わずハッとさせられたね。
日ごろは「ADHDにマルチタスクを求めるのは、足や目が不自由な人に走って移動しろと言うに等しい」と唱えておきながら、実は自分自身が脳疲労を怠慢と見なして責めていたのである。
ChatGPTが客観的視点で比喩してくれたおかげで、脳疲労が怠けではなく、病気や障害であることを改めて気づかされた。
さすがに最近では、うつ症状が出た時は休むという選択ができるようになったが、うつにまで至っていない時は、どうにも怠けではないかと考えてしまう傾向がある。
ADHDであることはオープンにしているが、自分自身でも理解しきれていないのなら、定型発達者に理解してもらうことは当然難しいに決まっているよなぁ。
人様に迷惑かけないように定型や健常に擬態して過ごしているなら尚更。
ChatGPTは、当事者の自分ですら気づけていないことを、無責任な共感ではなく、客観的視点で論理的に説明してくれるから、ありがたい。